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記事: 流動の中に、意志は宿る。 画家・門田光雅表現(前編)

流動の中に、意志は宿る。 画家・門田光雅表現(前編)

藤波克之氏から、門田光雅氏へ。HAGANがつなぐ、信頼のバトン。

【FSX株式会社 藤波克之さんから門田光雅さんへ】

門田光雅さんの描く絵には、ご自身の内面の揺らぎや葛藤が、静かでありながらも確かな力をもって表現されています。初めてお会いした時から、ニューヨークへの挑戦を自然体で語られていた姿が印象的でした。自ら会社を立ち上げ、アトリエを構え、アートを表現にとどめず社会やビジネスと誠実に向き合う。その姿勢に、同じく経営に携わる者として深い共感と感銘を受けています。

強風にさらされ、根が剥き出しになった楠の木。それでもなお生き続ける姿を、画家・門田光雅氏は幼い頃に見た。形を変えながらも存在し続けるその姿は、後に彼が描く抽象表現の原点となる。流れゆくものの中に、確かに宿るものがある。描き続けること。選び続けること。そして、自らの道を決め続けること。既存の枠にとらわれず、自ら機会を創り出してきたその歩みと表現の奥底には、流動の中でも揺らぐことのない、確かな意志が息づいている。




原点は流動する自然の記憶

門田光雅氏の表現の原点には、幼少期に見た一つの光景がある。それは、強風によって根が剥き出しになり、倒れながら、それでもなお生き続けていた楠の木だった。大地にしがみつくように露わになったその根は、幼い門田氏の目には不安定なものとして映った。しかし同時に、それは失われることなく存在し続ける強さの象徴でもあった。形が崩れても、環境が変わっても、なお生き続ける。その姿は、固定された形に価値を見出すのではなく、「倒れてもそこで終わりではなく、そこから始まりがある」という感覚を彼の中に静かに刻み込んだ。

門田氏は静岡で育った。山と海が近接する土地で、風の流れや波のうねり、刻々と移ろう光の色彩は、日常の一部だった。一定の形にとどまることのないそれらの動きは、やがて彼の内側に、言葉になる以前の「感覚」として蓄積されていく。



表現は、衝動から始まった

門田氏が絵を描くようになった背景には、両親の影響がある。

「研究職に就いていた父は、専門の美術教育を受けた人物ではなかったものの、趣味で油絵を描いていました。母もまた絵を好み、家庭の中には自然と美術が息づいていたように思います。私の名前、光雅も絵本作家の安野光雅に由来していますし」

物心つく頃には、「ずっと手を動かしていた」と門田氏。チラシの裏に将来住みたい家を描いたり、積み木で飛行機を作ったりしていたという。それは両親による特別な教育ではなく、自らの内側から立ち上がる衝動に近いものだった。

「絵を描くって、教育の問題ではない気がするんです。生まれもっている何かや、出会いや巡り合わせ、そうしたものが複雑に重なって、表現者は生まれてくるのではないかと思います」

内側から立ち上がる衝動と、日常の中にあった美術の存在。その両方が重なり合うことで、表現は単なる行為ではなく、自らの在り方そのものとなっていった。




流動する世界を描くということ

門田氏の作品に見られる、色彩が重なり合いながら流動し、境界を定めることなく広がっていくダイナミックな表現。それは完成された形を目指すのではなく、「変化の過程そのものを受け入れる」ことに価値を見出す姿勢の表れである。

それは単なる表現技法ではない。状況や環境が揺らぐ中でも立ち止まることなく、その時々の条件の中で、自らの在り方を見出していくという選択そのものだ。その感覚は、後に画家として歩み始めてからの数々の決断においても、彼の判断の基盤となっていった。

与えられた枠の中にとどまるのではなく、自ら機会を見出し、進むべき場所を選び取る。その姿勢はやがて、「機会を待つのではなく、自ら創り出す」という行動へと変化していく。



転機は一通の手紙から始まった

門田氏のキャリアは、既存の制度の中で自然に始まったものではない。その転機となったのが、セゾン現代美術館との出会いだった。大学卒業後、門田氏は同館の館長・難波英夫氏に一通の手紙を送っている。それは実績や紹介によるものではなく、自らの意志による行動だった。

「高校の国語の授業で、太宰治が出版社に手紙を送ったという話を聞いたことがあって。有名な作家でも、そんな大胆なことをするんだと印象に残っていました。自分もじっとしているだけではなく、何かトライすることが大切なんじゃないかと思ったんです」

当時の美術の状況に対する思いや、自身の考えを率直に綴ったその手紙は、すぐに返事を生んだわけではなかった。しかしその後、展覧会の場で館長と偶然顔を合わせた際、「あの時の」と声をかけられる。手紙は確かに読まれていたのだ。




出会いを機会に変えた「準備」

この出会いは、偶然だけによって生まれたものではない。その背景には、それ以前から積み重ねてきた経験があった。門田氏は学生時代、画家・中西夏之氏のアシスタントを務めている。中西氏はセゾン現代美術館とも関わりの深い作家であり、その制作の現場に身を置いた経験は、表現者としての基盤を形成する重要な時間となった。

また門田氏自身も、学生時代からセゾン現代美術館に足繁く通い、「その展示や収集の方向性に強い関心を抱いていた」という。作品を観ること、制作を続けること、そして美術の現場に身を置き続けること。そうした日々は、すぐに結果をもたらすものではなかったが、後に訪れる出会いを受け止めるための「準備」として、静かに積み重なっていった。

手紙を書くという行動もまた、突然生まれたものではない。それまで積み重ねてきた時間と意識があったからこそ、その一通は単なる自己表現にとどまらず、新たな接点を生み出す契機となった。出会いは偶然に訪れる。しかし、それを機会へと変えられるかどうかは、それまでにどのような「準備」を重ねてきたかにかかっているのである。

そして門田氏は、その「準備」を、日々の制作と実践によって積み重ねてい く。既存の制度や所属を前提とせずに。その歩みは、後に作家としての基盤 を築く重要な時間となっていった。



所属を待たず、自ら場を創り続けた10年

門田氏のキャリアは、当初からギャラリーの支援を前提としたものではなかった。

「ちょうど僕の世代は、日本の美術の仕組みが大きく変わる時期でした。大学を出た当時は、貸し画廊といって、作家がお金を払って展示をするのが当たり前だったんです」

実際、門田氏自身も銀座の画廊を借りて展示を行っていた。しかしその直後から、企画によって作家を支えるコマーシャルギャラリーが台頭し始める。従来の仕組みと新しい仕組みが混在する過渡期の中で、門田氏は既存の枠組みに依存するのではなく、自ら展示の機会を創り出す道を選んだ。

「25歳から35歳ぐらいまでの10年間は、アーティストランという形で、自分たちで展示の場を運営していました」

アーティストランとは、作家自身が主体となって展示空間を運営する試みを指す。門田氏は、自ら壁のない空間に壁を設置し、その対価として展示の機会を得るなど、従来の制度にとらわれない方法を模索していった。

Alive 2026 Acrylic and Carborundum on cotton 2273×1820mm


空間を借りるのではなく、空間を生み出す

さらに不動産会社と連携し、空室を展示空間として活用する取り組みも行っている。

「空いている空間をそのままにしておくのはもったいないと思ったんです。不動産会社にとってはPRになり、僕たちにとっては展示の場になる。そうした形で提案をしていきました」

決められた場を待つのではなく、自ら場そのものを創る。その試行錯誤の積み重ねは、決して無駄ではなかったと門田氏は振り返る。

「美術には正解がありません。だからこそ、自分で動きながら、自分の道を見つけていくしかないと思っていました」

その10年間は、遠回りのようにも見える。しかしそれは同時に、作家としての独自性と持続性を育てる時間でもあった。そして35歳の時、その積み重ねはギャラリー所属という、ひとつの形となる。それは自ら場を創り続けてきた時間が、信頼として結実した結果だったのである。

門田光雅

1980年静岡県生まれ。絵画の地と図への関心や、伝統的なメディウムの限界への挑戦、色彩と筆致の相対的な関係性への模索の中で、美術の文脈の先にある絵画表現の新たな地平を探求している。そのスタイルが評価され、2019年にはMoMAのヤングパトロン協議会(旧ジュニアアソシエイツ)との共催でNYのリンカーンセンターにて個展を開催。近年では、「2000年代の絵画」(静岡県立美術館 2026)、「カラーズ ー色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」(ポーラ美術館 2024)、「絵画のミカタ 5人のアーティストとみる群馬県立近代美術館のコレクション」(群馬県立近代美術館 2020)、「The ENGINE 遊動される脳ミソ 小野耕石×門田光雅」(セゾン現代美術館 2019)などに出品。セゾン現代美術館、高橋龍太郎コレクションに作品が収蔵されている。

NYの展示会の詳細

場所:GOCA (Gallery of Contemporary Art) by Garde
515W 23rd Street, New York, NY 10011

期間:5月7日〜6月18日 入場料は無料

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